» 2016 » 9月のブログ記事

 夏にスイスはジュネーブの国連本部での国際的な学会での発表の道すがら、パリに立ち寄った。

 場所は、旧友青柳氏が経営する「ギャラリー・ペール・タンギー」、メトロを降りて徒歩で5分もかからない処、周辺にはレストラン、パン屋、服飾などのブティック、ホテルや種々雑多な店が立ち並らび、街角のカフェのテラスは満杯で活気ある下町の賑わいを見せている。青柳氏いわく、この地区の整備はナポレオン三世の頃に始まるという。

 さっそく、持参した素麺を茹でて昼食、夜は鍋の素にパリで購入した具材を入れて鍋パーティ、パナシェというビールのレモネード割の酔いも手伝って、心地よく巴里の夜は更けゆく。

 さて、ゴッホ、セザンヌ、モネ、ルノアール、ゴーギャンら印象派の巨匠達が未だ無名だった頃、モンマルトルのクローゼル通りの小さな画材店の店主だったペール・タンギーの名を冠した「ギャラリー・ペール・タンギー」は、パリの史跡にもなって訪れる人は多い。今は浮世絵を中心に商っており、訪れる人の目には浮世絵がデザイン的に斬新で小粋に洒落たエキゾチックなアンティークの様に映るらしく、魅入る人々も多い。

 無名の頃の印象派の巨匠達から親しみを込めてタンギー爺さんと呼ばれたペール・タンギーは、ゴッホが南仏アルルでパリ時代のタンギー爺さんを思い出しての書簡で「ここで僕はますます日本の画家のように、小市民として自然のただ中に生きてゆくことになるだろう…もし僕がかなり高齢になるまで生き延びられたら、タンギー爺さんみたいになるだろう」とのその人柄が述べられ、一言でいえば印象派の育ての親ともいえる存在なのです。画家にとっては無くてはならない、そして自らの生活の糧でもある絵具を彼らの作品と交換して委託品として店頭を飾る、そんなタンギー爺さんを描いたゴッホの作品がロダン美術館所蔵の「タンギー爺さんの肖像」なのです。そして、タンギー爺さんの努力もあって、ついにこの店からセザンヌが名声を得て世に出ることになる

 その作品中、タンギー爺さんの背景には、実際の浮世絵を模写した富士、桜、芸者そして日本の春夏秋冬が描かれ、まさにザ・日本であることから、ゴッホの真意は、タンギー爺さんを日本人に見立てたとも言えなくもなくて、日本人は隣人愛と博愛に満ちてタンギー爺さんのような人々なのだろうと想像したのでしょう。ちなみに、印象派はジャポニザン(日本主義者)とも形容されていますね。

 実は、そんなタンギー爺さんの店でこのホームページを見ている貴方は、なんと個展を開催することができるのです。このことを知った貴方は幸運なのです。

【画像をクリックすると拡大します、連絡先など細部の情報が確認できます】

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 これまで述べたように、パリは西洋と東洋、日仏文化交流の懸け橋、現代に息づくタンギー爺さんの店「ギャラリー・ペール・タンギー」は、因縁として時間的、空間的に重要な芸術情報発信の拠点と云えましょう。

 そこで個展を開催するメリット

プロフェッショナル志向の方には、キャリアとして、或いは国際的な評価を占う場として適しており、

アマチュアの方には、アートライフの思い出として、

 いずれにせよ、バリに腰を据えてフランス料理に舌鼓を打ち、カフェで寛ぎ、また、印象派の作品を理解するには、その描かれた風土、時代背景、文化や画家の境遇、心情を理解することが大事であり、「ギャラリー・ペール・タンギー」周辺の印象派の足跡を訪ねて往時を偲んで感慨に浸るも良し、パリの個展は、アーチストとしての力量の向上と人間性の深みを増す得難き思い出になるものと思います。

 幸いにも、店主の青柳氏は海外生活足掛け16年、英語、フランス語が堪能で、安くて美味しいフランス料理の店、日本料理店や食材の店を知っており、印象派の足跡を道案内できて、浮世絵にも造詣が深くて頼り甲斐があり、きっと皆様のお役に立てるものと思い、このように私のブログで紹介する所存であり、また、読者の皆様にもこの情報を拡散していただきたくお願い申し上げます